169: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:25:19 ID:ptl
今日筑波海軍航空隊記念館で瑞鳳瑞鶴の乗組員だった人の
話聞いてきたんですが
簡単に内容まとめたの見りゅ?

あ、いえ見ますか?
需要ありますかね?

174: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:25:30 ID:sXT
>>169
みりゅうううううううううう!

175: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:25:33 ID:Orb
>>169
どうぞよろしく


213: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:26:50 ID:ptl
普段書き込まないんで慣れないこともあると思いますがよろしくです。
まずあ号まで

元零戦の整備兵
横須賀第二海兵団に志願
最初は上司の従兵だったので根性注入棒の洗礼は回避(本人的にこれは助かった)
天皇の親族が巡礼に来たりした時に荷物を車に積んだりしたりもして光栄だった
整備兵として厚木で訓練を一ヶ月ほど
訓練兵中は毎日が試験で、座学試験のとき教室には教官がいないがよく見ると教室の上から見てた(カンニングなんかしたら即ばれる)
3日ほど入室したことがあり、入室は1日するごとに減点対象らしいので成績はいいとは言えない感じ?(濁してた)
訓練兵が終わった後は前線を希望(地元希望になんてしたらいい顔されないらしい)
あ号の時、瑞鳳に乗り初めて作戦参加
どこに進んでるか分からないが、南十字星の位置で南に進んでることだけは分かった
ある朝エンジンがピタッと止まり、外を見るとタウイタウイに着いていて、出撃時には50数隻艦艇が集まっていた
この時瑞鳳には250kg爆弾を積んだ零戦が4機あり、特攻用(この人が担当したのが4機なのでもう少しあったかも)
零戦の能力を十分に出せない状態じゃすぐ撃墜されると思っていたが整備した
特攻兵は覚悟が決まってるらしく、出る時に薄ら笑い?笑顔を見せていた
その顔を見たら目頭が熱くなり、泣きながら見送った
グラマンの性能やアメリカの電探が優秀であるという話も少し聞いていたので帰ってこれないだろうと思った
実際、この時出た艦載機は全て未帰還
艦載機が無くなってもなんとか帰投

238: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:28:39 ID:FlY
>>213
特攻ってレイテからじゃないのか・・・

243: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:28:50 ID:z4y
>>213
毎日試験というのが辛そう
とにかく大急ぎで兵士を育てなきゃいかんかったんすな
教室の上から見てた、が気になるw

281: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:31:27 ID:7pd
>>213
爺ちゃんの経歴そっくりだわ。
うちは大竹海兵団から厚木整備学校>小松島>最終的に松山で紫電改の整備兵だったけどな。

236: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:28:36 ID:ptl
次レイテ

レイテ沖の際に瑞鶴に乗艦
乗る艦を伝えられた時、同期は6人いて、それぞれ2人ずつ瑞鳳千歳千代田に乗った(これが同期との最後の別れ)
瑞鶴に載ることを伝えられた時、1人なのは寂しかったが、当時瑞鶴は皆の憧れで海軍にいるなら瑞鶴に乗りたいというほどだったのでとても嬉しかった
小沢中将が乗ってる船に一緒に乗れるのも光栄に思った
囮作戦というのは聞かされておらず、日本に帰った後に聞いた
敵攻撃機の魚雷は最初は回避運動で避けれるが、そのうち数が大きなり当たってしまう
瑞鶴程の大きさの船でも魚雷一本当たると上下に2mくらい揺れた
爆弾は甲板に当たると爆発が下まで貫通、火災は下の方から起こる
火災が発生すると死んでる人もまだ生きてる人も甲板に連れていった(その光景はほんとに地獄絵図)
まわりを見てる余裕はないが、千代田?がやられるのは見えた
遠方に大きな水柱が上がり、水しぶきが収まった後千代田の姿が見えず沈んだんだと思った
傾く瑞鶴の上で万歳敬礼している有名な画像があるが、この時この人は離れたところにいたので参加はしていない
退艦命令も聞かなかったが、皆が海に飛び込んでいるので自分も飛び込んだ
材木みたいなものにつかまるが、まわりにいる人がみんな寄ってくるのでもっと散らばれとも思ったが仕方ないとも思った
瑞鶴は沈む時艦首を大きく上に上げてから艦尾の方から沈んでいった
沈んだ後そこになにもないのを見て虚しいような気持ちになった
しばらく漂流したが救助してくれる船が見当たらず、このまま海に沈むのかとも思った
その後駆逐艦が来たが、敵の砲撃を避けるために近づいては遠のきの繰り返しで、人の多いところを経由して三度目くらいに近くに来てくれた
50mほど先に止まったので必死で泳いでいった
ロープを掴む力がなくどうしようかと思ったが、駆逐艦の乗組員が「腕に巻け」と言ってくれて、引き上げてくれた
救助しきれなかった人もいるし、大発を下ろしてそれに乗った人も見捨てなければいけなくなった(敵の攻撃を避けるため)
いまでもその時の大発は気がかりでいる
その時どうして助けないんですかと言ったら「これが戦争なんだ」と言われた
記念館の人が書物などで調べた結果、この大発ではないと思われるが、同じように大発に置き去りにされた人達が漂流し台湾に流れ着いた話もあるらしい
その後、日本に戻った後は鹿屋にいた

鹿屋でのお話は時間なくてお聞きできませんでした
また機会があればとのことなので楽しみにしたいです

257: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:29:57 ID:RUe
>>236
おつ
ゆっくり読ませてもらいますね

259: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:30:12 ID:tmE
>>236
おつ
なんだかんだでもうお年だろうから次は早いほうがいいかもしれん
凄く元気な翌日起きてこないとかあるし

286: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:31:55 ID:JJz
>>236
ありがとう
遺品とかを見るのもいいけど生の話も聞いてみたいものだ

288: おはなしもしゃもしゃ 2015/04/11(土)22:32:01 ID:qpK
>>236
こういう話が見れる機会も減ってくんだろうなぁ

何はともあれおつです

291: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:32:11 ID:z4y
>>236
大発に乗せたまま置いてかなきゃならなかったくだりが切ないっすな
戦争とはそんなもんだろうとは思えど、やはり

300: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:33:01 ID:ZNF
>>236
おつです

289: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:32:03 ID:ptl
おまけで質問タイムに出た質問に対する答え的なお話

整備員と搭乗員は仲が良かったりするが、クレーマーみたいなのもいた
整備員の中でも兵器関係と機体関係に係が分かれている(この人は機体関係だったけどエンジンは専門外らしい)
船の上での食事は基本缶詰で、おいなりさんや赤飯などはほとんど毎日食べていた
瑞鳳と瑞鶴は食事に差はなかった
船の上での娯楽は花札と、なんとこっくりさん
こっくりさんでいろんなことを仲間と占っていたらしい
瑞鶴の迷彩の色については、乗った時には油まみれで色なんてわかんなかった
大変だった整備はエンジンのボルト着脱(手が入らないほど隙間が狭い)
整備兵なので艦橋には行ったことがない(でも艦橋がある船が好きらしい)
乗りたくなかった船はあったかという質問には、船自体がもう少なかったから選ぶ余裕なんて無いし、私は瑞鶴一筋とのこと

記録とったわけではないので間違ってるとことか忘れてしまったところもあると思いますが・・・
ご参考までに

311: もしゃもしゃ 2015/04/11(土)22:33:50 ID:qpK
>>289
花札か...

335: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:35:19 ID:z4y
>>289
乗りたい、乗りたくないみたいなくだりを見ると、
海軍めしたき物語の話を思い出しますなあ

342: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:35:39 ID:JJz
>>289
迷彩とかもうそれどころじゃなかったんだな

しかし囮が知らされてなかったとか闇は深い

345: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:35:46 ID:odt
>>289

それにしても瑞加賀やら玉子焼きやらで盛り上がっているこのスレは……

334: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:35:18 ID:ptl
自分は史実にそこまで詳しくない見ですが、実際にお話を聞くのは本当に特別なことだと思います
みなさんもぜひ機会があれば行くことをおすすめします
残りの時間的にも、数少ない機会になると思うので

353: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:36:11 ID:cfi
>>334
うちは身内に聞きに行ったら電探開発の話と淋病治療の体験談ばっかりなんだよなぁ

391: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:37:41 ID:z4y
>>334
五島に住んでた母方の大叔父・大叔母に話を聞いたことがあるくらいすかねえ
父方の祖父と大叔父は佐世保工廠で図面引いてたらしいけど、そっちからは話を聞いたことはないし

495: 名無しさん@おーぷん 2015/04/11(土)22:42:47 ID:ptl
>>391
やっぱり親戚に経験者がいるとお話が聞きやすかったりもするんですかね
私は親戚にはいないのでそれがいいことか残念なのかわかりませんが・・・




記念館の中の人もノリノリ